年越し

2005年12月31日
起床は8時30分。

朝から別にすることもなく、大晦日らしさも、明日が正月という気分の高まりもない。
勿論、日本にいても年々薄れてきているものだが、異国の上海では尚のことだ。
テレビを観て、メールを処理し、カレンダーを付け替え、シャツの襟をアイロンで綺麗にし、
一息ついたところで友人のLさんから病気で起きられないという携帯メッセージが入った。

声にもならないため息がでる。
あれだけのことを言っておきながら、と電話をすると同居人が出てLさんは風邪をこじらして声も出ないくらいでダメだという。
丁度昼食に行く直前だったので、「百盛」へ行き、まず「花蝶」で日替わり定食を食べ、地階で果物を買い、いつものサンドイッチ屋(本業はスープ屋)で○○スープと○○飯を適当数量買って、携帯電話で住所を聞いたらLさんは急用で出かけたとのこと。

しまった、はめられた。
どこまでこいつは性悪なんだろう。
とことん私を怒らせるつもりのようだ。
仕方なく、買ったばかりの食品を自宅へ持って帰った。

どうしよう。
ま、いいか、当分これで・・・。
いやいや、それはだめ、こういう食事の仕方は主義に反する。
誰か欲しいという人が現れるかもしれない。

今日会うことになっていたHさんから電話がかかり、仕事で遅れそうだという。
ほとんどの会社は今日を出勤日としており、Hさんの勤める会社も日系だがそれにならっている。
早い目の食事を一緒にして、新天地でライブとカウントダウン花火をと思っていたが、予定が大きく狂う。
アイロンを続け、浴槽を漂白剤できれいにし、テーブルの上を片付け、予備の飲料水を買い、すっかり迎春支度をした。

19時15分、タクシーで駆けつけてくれたHさんと「百盛」のレストラン街にある「On Dining」で食事。
途中、私の姿勢について言い合いになって険悪ムードが広がり、食事が終わったとたんにHさんは急ぎ足で帰っていった。
大晦日、最後に厳しいパンチを浴びた。

自宅でNHKの紅白を観ていると、Lさんの同居人LAさんから電話が入り、Lさんについて少し話す。
LAさんらはまだ何も食べていないとのことなので、昼に買った飯を届けてやることにした。
タクシーがなかなか捕まらなかったが、何とか乗ったら運転手が話好きでいろいろと言ってくる。
勿論中国語だが、不思議と判る。
へえ、けっこうやるやん・・・と自分で驚いていた。

その後、カウントダウンの時間が近づいてきたので、新天地へ急いだが、やはりタクシーの空車がなく、歩いて行くことにした。
時間がないので途中から走ったが、新年の瞬間は200m手前だった。
花火はしっかり見えた。

日本の正月は静かに百八つの梵鐘を聞きながらお参りするという、奥ゆかしくて慎ましやかなものだが、中国はまるで米国のような賑わいを求めている。
そう、中国と米国は本当によく似ている。
というよりは、中国は米国をずばり追いかけている。
正月にもその匂いがする。

その後、飲み直しに行った店でいろんな日本人の居残り組と会い、遅くまで話をした。
帰宅は5時。
こりゃ入浴は朝だな、きっと。
それにしても、すごい初体験満載の正月になりそうだ。

新年快楽!!

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